荒れ地の中を東西に走る線路を挟んだ小さな町があった。仮にこの街をアイアンタウンとしよう。街にあるのはこの線路だけといわざるを得ない程何も無い町で、他に目に付くものは廃棄された製鉄所だけだった。
そこでバーを経営する男がいた。男はもう生まれた日よりも死ぬ日に近い年齢で、髪も薄く長く白い髭を蓄えていた。そろそろ店をたたんで夢だったバイクで一人旅に出ようかと、日に二、三人の客を相手にそんなようなことを話していた。
着目点はこの男ではない。このバー自体なのだ。
ある日、そのバーに巨大な卵が落ちた。店を大きな影が包んだと思った瞬間の出来事だった。
屋根を突き破り、梁をたたき割り、店の中の殆どを破壊した。アイアンタウンの十年にありうる騒動のすべてがこの一瞬に起こったのだ。店の床に卵が着地した瞬間から、バーは巨大卵の展示会場に変わった。
この流れなら巨大卵を見せ物に男は一儲けしようとするのだが、なにせアイアンタウンには東西に走る長距離鉄道の小さな駅位しかないのだ。
街に暮らす人も殆どいない。一向に客は現れない。これなら巨大な卵に占領されたバーでよかったじゃないか。酒だってある。
仕方がないので男は卵を食べることにした。こいつで食えないのなら、こいつを食ってやろうと考えたのだ。下から火をくべてそのまま焼いてやろうとした。
卵によって破壊された店の柱や天井や床をかき集めて火をつけたのだ。
当然のように店は燃えた。しかし卵は無傷でびくともせず、そのうち中からくちばしが出てきた。孵化したのだ。
仕方がないのでこのまま育て、ころあいの良いところで食ってしまおうと考えた。
あくまでもこいつで食えないのなら、こいつを食ってやるのである。
育てるということは情がわくものであり、いつまで経っても巨大な卵から生まれた巨大な雛を絞めることはできず、巨大な雛は巨大な鳥になった。殆ど餌も食わさず、食わさずっていっても約一週間で成長してしまったので、あげた餌はほんのわずかだったが、独り身の男が愛情を持つには十分すぎるくらいだった。ならばいっそ、この鳥と旅に出ようと考えた。こいつに飛び方を教えればよっぽど遠くまで行けるんじゃないか。
この日から鳥と男の特訓の日々が続いた。その合間に男は鳥に酒を与えてしまい、二人はアル中になった。
そして幾日か経ち、アル中ではあるが、巨大な鳥は飛べるようになった。
白く大きな羽と長く鋭いくちばしは、この果てしなく広大な大陸でさえ一瞬で横断してしまいそうだ。
男は、旅には全く向いていない小型バイクに火を入れ、わずかに残った食料をかき集めて鳥と共にバイクにまたがった。
やたらと長い助走の後、鳥の羽によってバイクと共に男は空を飛んだ。
アイアンタウンには小さな駅と取り残された製鉄所と鳥の巣になってしまったバーだけが残った。